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EXPLOSIONS IN THE SKY
MEMBERS :
Mark Smith
Michael James
Munaf Rayani Christopher Hrasky
WHERE FROM
:
Austin, Texas
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1.まず最初にバンド結成のいきさつを教えてもらえますか?
マナフ:
バンド結成となったのは1999年の春。クリスがテキサス大学の大学院に通うためにシカゴからオースティンに引っ越して来たのだけど、学校は楽しくなかったらしくやめてしまって、シカゴに戻ろうかと考えた時、オースティンに来た理由を見つける最後のチャンスと思って、いくつかのレコード店にバンドメンバー募集のフライヤーを張ったんだ。マーク、マイケル、そして僕の3人はテキサス州の西にあるミッドランドという小さな市の出身で、それまで何年か一緒に音楽をやっていた。
オースティンへは、数年間の間に3人それぞれがばらばらに引っ越してきていて、音楽をまた一緒にやりたいけれどドラマーがいないという状況だった。そんなときに、レコード店の掲示板に張られたフライヤーを見つけたんだ。 それは今まで見た中で一番きれいな紙を使っていて、ヘリコプター、水上スキーをする子供達、吹雪、犬、ほかにあと10点ほどの美しい光景のカラー写真のコラージュが貼ってあった。
それには “悲しく、勝利に満ちたロックバンド募集”という文字が大きく太字で書かれていた。答えないわけにはいかなかった。クリスに初めて会ったとき、もう何百年もずっと友達だったように感じたよ。そして一緒に練習をはじめて今日にいたっているわけなんだ。
2.今回、ファンが長い間待っていた、1アルバムが再発される事になりました。 この1stアルバムの制作当時の事を少し詳しく話してもらえますか?
マナフ:
レコーディングしたときはバンドを始めて7ヶ月くらいたったところだったと思う。たくさん練習して、曲も出来てきたから、アルバムを作るのは自然なことだと思ってた。持っているお金をすべて持ち寄って、1200ドルで地元のスタジオでレコーディングをしたんだ。僕達が持っていたアンプはエンジニアが困ってしまうほどひどいコンディションだったんで、アンプを借りなくてはならなかった。練習に使っていたアンプはレコーディングに使えるような、ちゃんとしたアンプではなかったからね。音質に関してはよくわかっていなかったのだけれど、アイディアはたくさんあった。物事の進め方もよくわからずに、ただ自分たちが正しいと感じたことをやった、という感じかな。ジングルベルはここに、アコースティックギターはあそこに、ピアノはミックスの奥深い隠れたところにおいて、、、4人全員ひたすら、必死にミュージシャンになろうとそれぞれのベストを尽くそうとしていたんだ。すべてはエラー連続のコメディのようだった。
3. 1stアルバムが再発されるまでに長い時間が経過しました。一説によるとイ−ベイで1枚500ドルの高値で取引されるようになっていると聞きました。今回このタイミングで再リリースをする事になったいきさつを教えて下さい。
マナフ:
ファーストアルバムの再リリースを決めた理由は、今、より多くの要望があるからなんだ。ラッキーなことに僕達にはちゃんとしたファンがいて、彼らが望んでくれている。もし誰も尋ねてくれなかったら、僕達は忘れさってしまっていたかもしれない。自分たちにとってこのアルバムは、長い間、触れるのは恥ずかしいような作品だったのだけど、その後2枚のアルバムで、きちんとと自分達の考えを音にすることが出来るようになって、とるにたりない自分達の初期の姿を世界にみせてもいいかな、と今ようやく思えるようになったんだ。イーベイの件については、申し訳ないと思っている。ある人にとって自分たちのアルバムがそれだけの価値があると知るのは嬉しいことなのだけど、アナログ盤1枚にそんな金額を払うなんて僕達は考えたことがなかった。このアルバムがCDで再リリースされることで、みんながそんなにクレイジーにならないでくれればと思ってるよ。
4. サウンド的には1st-2ndには作曲、レコーディング技術、フィーリング等すべてにおいて劇的な 変化と成長が見られます。今振り返ってみてどうですか?
マナフ:
人が成長するのと同じだと思う。年月を経て物事を学ぶ。何がどういう音を作り、何がベストな音なのかを知る。どの道が他より良いのか。人や人の考え一つ一つに影響を与える物事は毎日起こる。人は絶えず変化をする。それが僕達の1枚目から2枚目へ、そして3枚目のアルバムへの飛躍そのものになったのだと思う。
次のアルバムにむけてさらに成長していきたい。5年前、1年前ですら、今現在とでは、ものの見方も聞き方も違う。種に水をあげれば発芽をする。やがて葉や茎が姿をあらわして、いずれは花が開く。僕達の花はまだ開いていなくて、満開はこれから、まだまだ伸び続けている状態だといいのだけれど。
5.タイトルの意味を教えて下さい。
マナフ:
文字通り、“なんて不思議・・・純真”。
6.今回新しいジャケットデザインとリマスタリングを行いました、これらについて話を聞かせて下さい。
マナフ:
レコーディングは本当に初心者の作業だった。自分たちを含む皆が新米だったことが、頭の中で鳴っていた音をアルバムに再現できなかった理由だと思っている。マスタリングをやり直すことでいくつかレコーディングの最中に起きた間違いを和らげることができた。
また、ジャケットのアートワークも、CDケース用に作ったのは生まれて最初の経験だったんだ。
今はより明確で精巧なヴィジョンを持っているよ。 アートワークは僕たちの親友のひとりで、最高のアーティスト、スティーブンに作り直してもらいたいと依頼したんだ。彼は引き受けてくれ、美しい作品を作ってくれた。
7.
2ndアルバムについての質問です。このアルバムでEITSは世界的に重要なバンドになったと思う のですが、当時tourをはじめバンドに関する状況はどのように変化してましたか?
マナフ:
僕たちが世界で重要なバンドのひとつかどうかはわからないし、ちょっと変な感じもするけれど、世の中にはたくさんのすばらしいミュージシャンがいるわけだから、、、でもそう言ってもらえるのはとても嬉しい。
セカンドアルバムがリリースされた後、少しづつ話題に上るようになってきた感じだった。人々がバンドの音に興味を持ち始めたようで、僕たちも嬉くて興奮したよ。それまでは知り合いの一部だけが僕たちの存在を知っているだけだったのが、多くのツアーをやったこともあって、セカンド以降、世界中に友達が出来たんだ。
8. このアルバムの作曲はどのように、どのくらいの期間、また1stと比べどのような変化がありましたか?
マナフ:
よく覚えていないのだけれど、セカンドアルバムの曲はとてもはやく出来上がったんだと思う。
どの曲をどうやって書いたのか正直、僕は覚えていないのだけれども、メンバーが集まってプレイするたびに新曲ができていたような感じだった。
2000年1月にファーストアルバムのレコーディングを行ったあと、12月にセカンド“Those
who tell the
truth…”のレコーディングのためにスタジオに入ったんだ。
ファーストの時とは違って、少しは状況はよくなってた。東海岸のメリーランド州ボルティモアまで
車を運転して行って、レコードをリリースしてくれるテンポラリーレジデンスのジェレミー・ディヴァインという野獣の顔をもつ男
(笑)に会った。ジェレミーはワシントンDCの彼の友達の自宅スタジオで僕達の
レコーディングが出来るようにセッティングしてくれたんだ。
1枚目の経験も経て、新しいレコーディングの場所も見つかった。なのに、自分たちには本当の意味での自信が欠けていた。初日が終わったとき、テキサスに帰ろうかと思ったくらい。でもがんぱってそのまま残って、数日後には満足できるアルバムが出来上がった。
まだ頭の中で鳴っている音に達することは出来ないままだったけども、前回の試みに比べれば格段によくなった。
9. タイトルの意味を教えて下さい。
マナフ:
いろいろな意味があってよいと思うけど、ひとつの解釈は、“真実を語ったがために殺されてしまった者は、同じ理由により永遠に記憶される”
10.
2ndアルバムリリース時、当時を振り返って何をバンドが求め、何を表現していたのか?を教えて下さい。
マナフ:
何が起こるかわからない不安以外、このアルバムを作り始めたときのバンド全体としての気持ちがどんなものだったのか、よく覚えていないよ。でも、生まれてきたのは戦争へのサウンドトラックだった。ここで言う戦争とは、毎日の生活の中での戦いのことでもいいし、、
今の世の中で起きている戦争、あるいは過去に起きてしまった戦争でもかまわない。銃弾の飛び交う戦場、戦火に包まれる町を遠くの丘から見ている様子、亡骸を墓場に運んでいく様子、、、そういった場面の音を描きたかった。
レコーディング中ケンカもしたし苦労もあったけれど、最後には誰が勝ったということではなく、ただ、アルバムが出来ていたんだ。
11. そして現在あなた達が音楽を通じて表現したい事は何だと感じていますか?
マナフ:
僕達が感じ、考えられるすべての、ひとつひとつの感情。 憧れ、悲嘆、怒り、失望、孤独、友情、孤立、希望、悲しみ、幸せ、ロマンス、そして勝利。
でも、なによりも___微笑み。
12. 世界各国をtourしていますが、最も印象に残っているshowまたは、tourの話等ありますか?
マナフ:
世界中どこも美しいと思う。ある場所は他より強い印象が残っていたりするけれど、今まで行ったどの土地にも美しい記憶が残っているよ。ベルギーのフェスティバルに出て、3000人の観客の前で演奏したことがあるのだけれど、自分たちを見にこんなに多くの人が来ていることに最初圧倒された。
“ジ・オンリー・モーメント・ウィー・ワー・アローン”という曲の途中で、観客がみんなでビートにあわせて手を打ち始めたんだ。3000人もの人々が一つになって、曲と一緒になって拍手しているなんて、ステージ上で僕たちはあまりにも感動して、嬉しいんだけど混乱しながら、自分たちを抑えられずに声をあげて笑ってしまったんだ。
とんでもなく多人数の人々と同じ感情を分かち合うのは本当に美しい光景だよ。そういう思い出があるというのはラッキーなことだと思う。
13. あなた達は僕の知る限り、最もタフで美しいインディペンデントバンドの1つです、USのインディペンデントシーンについてどう感じていますか?
マナフ:
ホントに、こんな親切な言葉をありがとう。音楽のインディーシーンは毎日強力になってきていると思う。
同じ環境から生まれてきたバンドや、今僕たちがいるところに以前いたバンドが、いまやメジャー音楽誌の表紙を飾っている。そういうバンドをみると嬉しくなるよ。トレイル・オブ・デッド、デスキャブ・フォー・キューティー、ブライト・アイズ、モデスト・マウスたちは、すべてのインディ・バンドが続いていく道を作ってくれている。僕達はこういうバンドと音は違うのだけれど。
彼等の認知度が上がることは、僕達レベルのバンドがより多くの人々に聞かれる機会を増やしてくれる事に繋がる。人々はアンダーグラウンドを聞いてみようと思い、型にはまらない音に惹かれると思う。
音楽に競争はあるべきではない、と思う。ひとつの成功例がでたあと、他も先人の成功の軌跡を追って
いければよいのだけど。
14. 前回の来日公演と日本の感想、また日本のファンにメッセージをいただけますか?
マナフ:
日本は僕達が行ったことのある中でも、もっとも興奮するところだよ。ツアーは素晴らしかった。
暖かくオープンに迎えてくれたんだ。「ありがとう」、と100万回言っても、日の昇る国とそこにいる友達への感謝の気持ちは表しきれないよ。また行くよ。約束する。
15.. 最後に、今後の予定を聞かせて下さい。
マナフ:
まず、ニューアルバムを完成させること。そしてインスピレーションが続く限り音楽を続けること。
よい人間でいること、恋に落ち、そして平和な死を迎えること。
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